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Posted by チェスト at

2017年11月20日

ストーリーから考える

今ガードナー美術館でのクラスは中学生の年代の子に的をあてている。

「中学生ってどんな生徒たち?」

自分の友達や周りを意識して、人から自分がどう見えてるかとか
人と意見が違ったら恥ずかしいから発言がでにくいとか、自分の仲間グループでの結束がでてくる、とか。

日本で同じディスカッションをしても同じことばかりがでてくるんじゃないだろうか?

さて、どうしたら生徒を課題の『内側』に取り込み、考えさせることができるだろうか?

ガードナー美術館の取り組みの一つは『ストーリー』を組み入れること。

なぜストーリーか、というのは美術的感覚の発達には『5段階のステージ』があるという研究からもきていると思うのだけど、それはまたそのうち覚えてたら。。

端的に言えば、あまり抽象的なこと(シンボリズムなど)を捉えようとするよりも考えやすい。

実際にどう取り入れるのかという一例は、Project Zeroという教育について考える
ハーバード大学院の教育学部が中心でやっているもので『Story Routine』というメソッド。

ストーリーを読んだあとに考えてみる手順だ。

1. What story is being told here?

2. How is it being told (how is it presented)?

3. What is the untold story?

4. What is another telling of this story?

5. What is another account that you would like to have told?

伝えられたことをただ『真実』と捉える、又は『覚える』のではなく、
『自分で考える』ことを促すのが基本で、考える手順をステップ化しているものなので、色々と応用できると思う。

これを美術の観点からみると、絵はストーリーの縮図、
もしくは一部が表現されているわけであり、
“止められた時間”みたいなもの。

構図、ジェスチャー、表情、色使い、筆のタッチ、スタイル、心情など、
『視覚的な表現方法』などに注目もできる。

また同じストーリーが別のアーティストに描かれていれば、
表現のスタイルを比較することもできる。

ストーリーを既に知っているのからで例えれば、
『三匹の子豚』とか。



これはランダムにインターネットで拾ってきたものだけど、
“アート”と難しく考えずとも、ストーリーをもとに“考えること”を目的の根本に置くのであれば何からでもいいわけで。

ー この絵から読み取れるストーリーは?
ー どのようにして伝えられているだろう?ストーリーのどこが強調されているだろう?
ー 伝えられていないストーリーはどこだろう?
ー自分が一枚の絵でストーリーを伝えるなら、何を変えるだろう?

ー他には誰からの視点でのストーリーが考えられるだろう?
ーそれぞれの登場人物からの視点でストーリーを考えてみよう。

など。

ちょっと別のも加えてみたけど、観察、クリティカルに考えること、比較して考えること、クリエイティブに考えること、別の視野から見てみること、共感など、色々な考え方をすることになるのではないだろうか。

質問への答えはフォローアップで、グループワークやVTSセッションにもできるし、どこまで深く一つを掘り下げるかは課題のゴールとファシリテーター次第で柔軟に対応していけばいいんじゃないかな。



他にもストーリーの書かれ方(詩や俳句でもいい)を読み取ることや、
書かれた歴史的背景を学ぶことから入ることもできるし、
ニュース記事なんかでもいいんじゃないだろうか。

アメリカの銃撃事件が起こった時のニュースをみて、

ー乱射事件で多くの人が亡くなった。悲しい事件だし、こわい。気をつけないといけない。

で、思考を停止していまうのか。

このニュースは何を伝えているのか?
ー 学校で起こった銃乱射事件。その被害者と加害者の情報。

それをどういう風に伝えようとしているか?強調されているのはどこか?
ー犯人の国籍。移民による犯罪。テロの可能性。どうやってもっと移民を取り締まれるのか。

伝えられていない話は何か?
ーなぜ銃を持っていたかという問題。

別の角度からだとどういう風なニュースでもあるのか?
ー銃社会の問題性

自分ならどう伝えるのか?加えたい情報はあるか?
ー 遺族はどうなるのか?政府からどういうサポートがあるのか?

例えばこれをもっと深く考えディベートするのもいいと思う。
  


Posted by shu at 01:58Master Class @ ISGM

2017年11月15日

Madame Butterfly

ボストンは一気に寒さを増してきた。

本格的な冬に突入し冬眠生活に入る前に、芸術の秋を楽しもう。

多趣味なぼくのパートナーのお陰で、
一人では行ってなかったような色んなアートの形に触れてきている。

今回は2度目となるニューヨークのMET OPERAで
『Madame Butterfly』(蝶々夫人)を鑑賞してきた。



日本を舞台に、芸者とアメリカ軍人の話をアメリカ人が書いたもので、
それをオペラとしてイタリア語で演じるという何だか複雑なもの。

子供の役は日本の『文楽』を加え、表現してあったのが興味深かった。
人形浄瑠璃って日本でもちゃんと見たことあったかな。

色んな表現の世界があるなぁ。

オペラ歌手の発声ってほんとに凄い。
あんなでっかい会場で、しかもフルオーケストラの演奏をバックに生の声を届かせるなんてどうなってるんだ。

この物語は『蝶々夫人とアメリカ海軍士官ピンカートンの恋愛の悲劇』を描く
みたいな感じなのだけど、これ日本人的にはちょっと複雑な気もする。。。
ーーーーー

日本に来たピンカートンが、若い可愛い芸者の日本人(15歳!)をみつけて、結婚でもして自分のものにしたいと思う。

♪日本では土地だって家だって女だって安くで買えるし、それにアメリカに帰ったらアメリカ人の妻を見つければいいし、現地妻くらいつくったっていいだろ〜♪

この子は本気に君のことを信じて愛しているから真面目に考えたほうがいいよ!
というアメリカ大使からの助言にも関わらず、

♪大丈夫〜大丈夫〜。その辺はどうにかなるのさぁーーー♪

蝶々夫人は芸者を辞めてキリスト教に改宗までして、
その結果、結婚式の最中に家族や親族からも見放されてしまう。

悲しみに浸る蝶々夫人にピンカートンは

♪ 大丈夫さー。僕がいるかーらね〜♪

と言いつつ、やることだけやって蝶々さんを残しアメリカに帰る。

そして音沙汰なし。完全放置。

彼女は周りの助言にも耳を貸さず、金持ちからの求婚も断り、
彼のことを信じ続け待ち続ける。

3年間。

その間ピンカーは何してるかというと、アメリカ人と結婚して幸せに過ごしてるだけ。

そして直接ではなく、日本にいるアメリカ大使宛に手紙を届ける。

「あ、ところで、彼女のとこに帰る気はないからよろしく伝えといて!」

蝶々さんは当然悲しみに暮れ、その時初めて彼との子供がいることを明かす。

蝶々さんは家の蓄えもなくなり
どうやって生活していけばいいのか困り始めた時
彼の乗った船が入港してくるのを発見!

♪やっぱり彼は帰ってきたんだ。私は信じてた〜♪

と、ひたすらに待つ。

ところがピンカーはアメリカ人妻と一緒に日本にきてて、
蝶々さんのとこに来る気はなし。

でも子供がいること知って、妻とこっそり家にくる。

んで、蝶々さんの使いにまたもや人づてにお願いする。

♪子供はこっちで育てたほうがいいからアメリカに連れて帰ってもいいか〜い ♪

蝶々さんは全てを失い、自殺。

めでたしめでたしーーーーーー

これを二人の恋愛の悲劇と捉えるのか、
格下にみていた異国の地に来て、安い物価にエグゾティックな女性やらで調子にのったアメリカ人男性の失敗談

と捉えるのか。。。困ったな

でもまぁストーリーはもうよく知られているわけで、
それを総合芸術としてどう表現するのかに注目すると興味深い。

着物の帯や、障子の使いかた、黒子が後ろで踊っていたり、ストーリーも蝶々さんの幸せのシーンを大きく表現することで、そこから突き落とした時のギャップでより悲壮感を出してる。

最後の船の入港で蝶々さんが喜ぶ姿は、
騙されているのに気がつくことができない18歳の哀れな女の子にしか映らない。。。

MET以外の演出や、映画などの表現の違いなど比べてみるとまた面白いんだろな。

  


Posted by shu at 00:05Comments(0)生活一般

2017年11月13日

VTSのファシリテーション

Visual Thinking Strategyの基本は

アート作品を前にグループで意見を出し合い、
それをファシリテートする役である先生がいるという設定。

グループをオブジェクトの前に集め、まず大事なのは生徒各々が観察する時間をつくること。

注意深く、端から端までみてみよう。

それから基本の質問3つというのが、

① What’s going on in this picture (art work)? 何がおこっていると思う?

② What do you see that makes you say that? 何を見てそう思う?

③ What more can we find? もっとどんな発見があるだろう?

という至ってシンプルなもの。

①で、みんなが思っていること、気がついたことなどをシェアしていく。
②は、意見をよりクリティカルに考えるために聞く
③で、もっと色々な考え方や見方もあるかもね、と新しいアイディアを促す

大事になるのは、

ファシリテーターが指をさしながら、意見が作品のどこの部分についてのことなのか明確にする。
全員の目をそこに向け、一緒に考えるということにも繋がる。

そして、ファシリテーターが①の意見を理解し、
他の意見との共通点や相違点などもリンクさせつつ、
基本的に全ての意見を自分の言葉でParaphrase(言い換え)し、②へと繋げ、
その返答をまた理解し言い換えをするということ。

またファシリテーターは“中立な立ち場“を保ち、
一つの意見に肩入れをしないこと。

この辺がシンプルな流れのなかでも、“簡単ではない”ところになる。

すごくシンプルな意見などでも、言い換えをするというのが基本。

例えばある絵をみてーーーー

「前の方は暗くて後ろは金色がピカピカしてる」との意見がでたらどうだろう?

「うん。そうだね。ピカピカしてるね!じゃあもっと別の意見もある人。」と返すのと、

「なるほど。配色と前後のコントラストに注目して、ピカピカしてることに気がついたんだね。」
「何を見て光っていると思う?」

とはどう違うだろう?

まず自分が発言をした立場だったら、どちらが自分の意見はしっかりと聞かれ、
理解され、尊重されていると感じるだろうか?

『配色』『コントラスト』というキーワードから、
生徒たちはどういうことに目がいき、何に気がつくだろうか?

そして一見『当たり前』として捉えてしまいそうなこと、
『ピカピカ』してるってどういうこと?と聞かれどう考えることができるだろうか?

何がピカピカしているのかをより深く観察し、説明できるだろうか?

『見えていること』を根拠にすることで、『自分なりのピカピカの定義とは何か』をこの場で考えて発表しなさい、と言ってるのではないことも大事。

だから『Visual Thinking』というわけだ。

例えば『色』がピカピカしてるのではなく、『光の反射』でピカピカしてるかもしれないと気がつけば、「絵に当てられている照明が反射して光っている」と言えるかもしれない。

となれば

絵の『展示の仕方』によって、特定の色が光って見えるのかもね。
とも言い換えることもできるかもしれない。

『展示の仕方』という視点から新しい発見がでてくるかもしれない。

または、絵の中の『他の色と比較対象』して、別の色は光をそこまで反射していないと気がつけば、
この金色が『光を反射しやすい色』もしくは『材質』なのかも?という考えや疑問もでてき得る。

なぜピカピカを例にだしたかは分からないけどw

もちろんこれは一例であって、自分の経験や知識と繋げての意見もでてくるだろうし、
色んな方向に行き得る。意見の別の部分を掘り下げてもいいだろうし、あえてそこまで掘り下げなくてもいいこともあるだろうし。



ただ大事なのは

より深く自分の意見の根拠を考えることや、
そこにでてくる疑問・興味を引き出す手助けをするということであって
『正しい答えがあるからそこに導こうとする』ということではないということ。

でもココのとこが、特にそのアートに関してもっと知識のあるファシリテーターであればジレンマになったりもするみたい。歴史的事実や、アーティストのことを良く知っていると、ココはそういうそういうことじゃないんだけどな。。とか、話をこっちにもってけないかな。。と感じてしまうこともある。

もちろんこれはVTSの基本であって、セッションの目的・ゴールに合わせて柔軟に対応すればいいと思うのだけど、ファシリテーター自身が『意見にオープンであること』は重要になってくる。
  


Posted by shu at 04:05Comments(0)Master Class @ ISGM

2017年11月09日

VTS


New York のMoMA(Museum of Modern Art) で当時のMoMAの教育部長だったPhillip Yanawineと、美術的な感覚についての研究のパイオニアでもあるAbigail Housenのリサーチを元に30年前とかに考案されたのが

『Visual Thinking Strategy』(VTS)というメソッド。

ちなみにどちらもボストンにゆかりのある人たち。

最近読んでた本もよく考えるとボストンで学んでだ人が結構いるな。

さすが学びの街。

そして僕の学んでいるガードナー美術館は、当初からこのメソッドの研究をリードしてきている場所だ。現在では小学校から大学まで多くの学校が参加しているプログラムで、医学部の生徒たちなんかも訪れる。

この様々なレベルに合わせて、美術を通しディスカッションをファシリテートするのが、僕もつく予定のMuseum Teacherというポジションだ。

でも、なぜVTSは考案に至ったのか。



昔々 ーーーーーーー

MoMAの館内ツアーなどは美術の知識も多い人たちが案内しているし、満員御礼って感じだし、ビジターからの反応もよく、特に問題視はしていなかった。

ところが。。。!

そこからもう一歩踏み込んで『実際にツアーに参加した人たちは何を覚えているか?』というリサーチをしたところ、ツアーの直後でも

実際はみんなあんまり何も覚えてなかった アウチ

美術品に関して色んな情報を与えられて、なんか満足感もあるし、何かを知ったような気になるが

結局そこに『残るもの』が少なかった。

これじゃやだ。どうにかしようよ。

どうしたら『残る教育』ができるのか。

なもので、色々調査して、研究して、考案されたのがVTSでした。

めでたしめでたし。ーーーーーーーー


簡単にいうとVTSは『美術を通したアクティブラーニングの手法』

深い観察を促し

グループでのコミュニケーションを通してアイディアを広げ

クリエイティブに、クリティカルに、物事を考えられるように習慣づけること

といったような概念がある。

と、僕は理解している。

例えば一つの絵からでもクリエイティブな発想から物語を考えたり、セリフを考えたり、絵の中の登場人物や物の視点から考えて見たり。もしくはアーティストの視点から考えてみたり、技術的なことに疑問をもってみたり、他と比較対象してみたり。

自分の『知識』から歴史的事実と絵の関係性を『つなげて』考察してみたり、自分の『個人的な経験』から『作品と自分自身の繋がり』を見つけ出したり。

作品の中に『見えること』を前提におき、それに『気がつく』ことから『考える』

自分の意見にはそこに見えている『根拠』がある。

そして人に伝わるように自分の意見をまとめることも必要

そのためには『コミュニケーション能力』も必要になる。

こういったCritical Thinking, Creative Thinking, communication, idea sharing など、必要になってくる『考え方』を習慣化させる といったことに繋がる。

なので、『芸術の知識を深める』というのが一番の目的ではない。

VTSの方法自体は至ってシンプルなもので、
『3つの質問』で成り立つ。

ーーー 続く。

  


Posted by shu at 20:48Comments(0)Master Class @ ISGM

2017年11月08日

マイナス7度


11月に入って急に寒くなってきた。

気がつけば庭の木も葉を落としてるし

今週の最低気温は一気にー7度になってる。

寒いな。



今週末は久々にNew Yorkへ行って、オペラ『Madama Butterfly』を見たり、美術館行ったり、友達に会ったりとしてくる。

環境を変えて今を振り返るキッカケにしたり、

色々な芸術の形に触れていくのはカリキュラム作りにおいても大事なことだと思う。

楽器演奏者や、歌手を始め、フォトグラファー、ビデオグラファー、ミュージカルやオペラ、イラストレーター、バレリーナ、美術館教育者など、

アートに関わる人が多く自分の周りにいるのもココでの良いところ。

色んな人からの意見やアイディアを取り入れていきたい。
  


Posted by shu at 22:33Comments(0)生活一般

2017年11月08日

3時間、ひたすら見る。

イザベラガードナー美術館で受けている美術館教育のマスタークラスでの一つの課題が、

3時間かけて、一つの作品を見る。

というもので、もとはハーバードでArt Historyを受け持つJennifer Roberts教授が行なっているものだそう。

教えられるのは簡単だし、スマートフォンなんかでインスタントに情報も得られるけど、
見たときの一瞬の印象だけで終わるのではなく、
自ら『深く観察』し、『気がつく』には時間をかけることも必要。

特に現代社会ではその時間をかけて学ぶという『辛抱強さもスキルの一つ』になっているというコンセプト。

この課題は自分の見る作品について調べたりせずに、『観察のみ』から入ることを勧められた。

ガードナーでのクラスでは少し変えて、美術品は美術館内のものからいくつか選択肢が与えられたのだが、僕はその中で敢えてせっかくならやったことないものに挑戦してみようと思い選んだのが。。。

Chair

イス。

セットで並べられたこのイスの周りを3時間、座ったりウロウロしながら見てみた。

この3時間というのは基本的に休みなしで見るのが前提。
朝1時間みて、お昼食べてまた1時間見て。。ではない。

あえて、苦痛にさえ感じる長い時間をかけて観察することから何が見えてくるのか。
作品についてだけではなく、自分ってどういう考え方をする人なのか、3時間の間どう気持ちが動くのか、など自分自身を見つめるということでもある。

特にこのクラスの美術教育の基礎であるVisual Thinking Strategyというのは、深い観察力を促し、作品との個人的な繋がりや意味合いを見出していくという面が大きく、

アート作品は自分を映し出す『鏡』みたいなものでもあり、
新たな世界を覗く『窓』でもある。

みたいなかんじ。

この課題に取り組んで見た結果からいうと、この3時間は僕にとって対して苦痛にはならなかった。

ただこれは僕だけではなく、クラスのほとんどの人が実はそうだったらしい。

もともと“アートに興味のある人”が集まっているから。。という考えもあるだろうけど、ここのポイントはそういうことだけではなかったと思う。

興味があるから見る。のではなく、

見ることでどういう興味が出てくるか、という興味。

見れば見るほど、発見があり、驚きがあったり、疑問が出てきたり、
仮説を立てて見たり、検証してみたり、想像してみたり。

インスタントに入手できる『情報』よりも、
この『思考の過程』そのものに価値がある。

でも、今から3時間またやってと言われれば、すぐにできるわけじゃないな。。

やろうというある意味での『覚悟』の上で取り組むこともキーにもなるんじゃないかな。

あと、3時間かけて疑問に思ったことも、別の人の意見から考えてもいなかったアイディアがポンとでてきたのもハッとした。

自分の小さな『発見』が『興奮』に繋がって、その興奮が別の『興味』を引き出して、興味から『新たな疑問』などど、どんどん考えが進んでいったのだけど、この『興奮』を起爆剤に動いた副作用としてあったのが、

気がつかないうちに『視野が狭くなっていた』ということ。

人と働くこと、考えることってやっぱ大事だね

しかも僕が選んだこのイスは、選択肢として“Set of chairs”と書かれていて、写真の6つのイスを眺め続けていたのだけど

Chairs

おわった後にガードナー美術館のウェブサイトで調べてみると、何と最初に書かれていたのが。。。

「この7つのイスは・・・・」

7つ・・・?!ビックリ

3時間もこの部屋にいて、もう一つ同じデザインのイスがあることに気がついてなかった。。




Jeniffer Roberts 教授のプレゼン↓
  


Posted by shu at 12:18Comments(0)Master Class @ ISGM

2017年11月06日

リーダーシッププログラム〜ハーバード大学〜


ボストンで関わってきている“Leadership Program”は、日本の中高校生たちを対象に春と夏に行われているもので、ヘッドコーディネーターとしての僕の役割は、担当プログラム全体の管理、学生たちの相談役、メンターみたいなもので、一緒に働く現地の大学生コーディネーターのアドバイザーでもある。

ハーバード大学, MIT, ダートマス大学, ボストン大学、タフツ大学、etc..など多くの優秀な大学生とも関わる機会にもなってる。

ハーバード大学一年生たちの食堂
(ハーバード大一年生たちのための食堂)

また僕が主に関わってきている日本からの高校生たちも、偏差値70以上のような”成績優秀“な高校が多い。鹿児島からはGlobal Leadership Programというので、ラサール高校の生徒が参加してたグループもあったな。

だいたいは学校ごとの研修で、約1週間ボストンにステイする間色々なレクチャーや、ゲストスピーカーからの話や、アクティビティを通しながらリーダーシップについて考える。そして最終日は研修を振り返ってのプレゼンテーションを行うというパターン。現地の大学生たちがsmall groupのリーダーになり、一緒に1週間を過ごしてくれるというのが肝なとこでもある。

ハーバードの学生との交流も入っている事が多いけど、日本の学生たちが必ず聞くのが

「どのくらい勉強してハーバードに入れたのか?」ということ。

合格率は確かに低いし、成績優秀者があつまることは事実。それでも、多くの学生が答えるのは学校外での活動の重要性。

高校3年間、もしくは中学から塾に通ってハーバード目指して勉強した!っていう回答は僕は今まで聞いたことがない。クラブ活動をいっぱいしてたり、ボランティア活動やってたり、学校外での活動やリーダーシップも大きなアピールポイントになるという話になると、日本の学生たちはどうも腑に落ちない感じになる。

「だから結局どれだけ勉強したの?」と言いたげ。

「学校以外に1日6時間は毎日勉強したね」と言って欲しいのだと思う。
そしたら、やっぱり大変なんだ!やっぱりすごい勉強量なんだ!と納得しやすいからかな。

でも残念ながら、そういう答えは基本的に返ってこない。
大抵は2時間とか3時間とか、部活もあるから毎日してたわけじゃないとかいう答えが返ってくる。

逆にハーバード生から「じゃあ君たちはどのくらい勉強するの?」と聞かれ、
毎日学校終わってから塾で数時間、家で数時間なんて言えば、こっちの学生のほうが驚く。

そこで日本とアメリカの大学受験の違いの話になっていったりする。

勉強の内容だって、日本からの高校2年生の子が食堂で数学の宿題をやっているのをこっちの大学生がみて

「これ大学で最近やってるけど、難しいよね!もうこんなの高校でやってるの?!」と驚いていた事もある。

そしたらその子は「え。。これはこの問題集の中では簡単なほうだよ」と言って、逆に驚いてた。

日本の受験制度を基準に海外への留学の可能性もイメージだけで絶ってしまう前に、単に「選択肢の一つ」として考られるようになれればいいのかもな。

ハーバードなんかは学生の多様性を求めているだろうから、日本人の学部生は少ない、ってことは逆に言えばチャンスかも?

  


2017年11月03日

あっという間の11年目


アメリカ・ボストンに来たのが2006年だったから、
気がつけば日本を離れてもう11年目。

いつの間にこんなに月日が流れていたんだ。。

特にここ数年で色々と新たな動きを始め、自分のフォーカスも大分変わってきた。
フォーカスの矛先がより”明確になってきた“、という方が正しいのかな。

バークリー音楽大学への留学、卒業を境にアメリカ・ボストンで音楽活動を始め、
写真撮影や編集もしだしたのが2011年ごろ。


そして数年まえからは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学などを始め、
アメリカでも屈指の学術都市であるここボストンで、春と夏の間に組まれている日本の高校生へ向けた“リーダーシッププログラム”でのヘッドコーディネーターとして現地の大学生や日本から来る学生たちと多く関わることで、教育のあり方について考え直すキッカケになってきた。

全ては現在進行形でやっていくのだけど、特に現在はボストンにあるイザベラガードナー美術館で、”美術を通した教育“を前提とした館内ツアーを行う役であるMuseum Teacherというポジションにつくためのマスタークラスを受講中で、芸術を通した教育について深く考える時間も与えてもらっている。

それを踏まえて、音楽、写真、美術、フィルム、イラスト、エッセイ、アクティング、英語、リーダーシップなど、様々な表現の仕方や、”芸術を通して考える時間“を設けることを目標に、カリキュラムを考案中。

ボストンという環境、ココから始まっているおもしろい人たちとの繋がり、イザベラでの経験、これからの挑戦など、ここにシェアしていきたいと思います。

  


Posted by shu at 03:02Comments(0)教育一般